リオ五輪に向けて|レスリング







今年1月、2012ロンドン五輪で、
日本男子レスリング、24年ぶりの金メダルを獲得した、
米満達弘選手の、引退会見が行われた。


ケガの回復が思わしくないことや、階級区分の変更により、
従来よりも大変な減量になることが、理由とのことである。


キッズ・レスリング全盛の中、高校からレスリングを始め、
決してエリートではなかった、米満選手が、こつこつと努力し、
最高峰の栄誉を手にした姿は、多くの日本人に感動と共感を呼んだ。


リオ五輪、そして東京五輪において、日本男子レスリングの、
メダル連続獲得が、どこまで続くかは注目である。


3月に行われた、ロシアでの国際大会においても、
金銀銅、合わせて7個のメダルを獲得するなど、好調を維持している。


特に、86キロ級で、金メダルを獲得するなど、
これまで、日本が苦手としていた重量級の強化が、
進んでいることは、明るい材料と言えるだろう。


また、吉田選手などのスターを生んだ、
女子レスリング界も、着々と底上げが進んでいる。


特に、若手選手のみを派遣した、3月のワールドカップにおいて、
優勝を達成したことは、非常に大きな意義がある。


以前は、女子レスリング強化を進めている、県やチームが少なく、
代表選手も、一部に集中している状態だったが、
オリンピック正式競技に採用されて以来の、
代表選手の活躍によって普及が進み、多くの県やチームから、
代表選手が輩出される様になったことは、特筆すべき成果である。


来年からは、国体でも、女子レスリング競技が始まるなど、
東京五輪に向けて、レスリング界は、視界良好と言える。


この調子で、来年のリオ五輪でも、メダルラッシュを期待したい。






リオ五輪に向けて|マラソン







男女ともに、一時期は世界のトップグループに位置していた、
日本マラソン界だが、レースの高速化などに伴い、
最近は、その栄光も陰りがちになっている。


加えて、今夏の世界選手権代表選考をめぐって、騒動が起きたように、
代表選考理由の不透明さが、陰りに拍車をかけている現状がある。


選ばれた側も、選ばれなかった側も、
負担のかかる出来事を、避ける努力は、
できなかったのだろうかという、疑問が残る。


過去にも同様のことがあった。


1992年のバルセロナ五輪代表選考時の出来事で、
有森裕子と松野明美が、最後の枠を争ったのだ。


この時は、決定直前に松野が開いた、
「私を選んでください」という記者会見も、大きな話題となり、
国民的な論議を呼んだ。


その結果、有森が選ばれ、バルセロナ五輪では、
銀メダルを獲得することになるのだが、
有森と松野は、その後20年に渡って、
一度も言葉を交わしたことがなかったという。


こうした選手本人には、何の責任もない事態を招く体質が、
現在のマラソン界低迷の遠因になっているとは、考えすぎであろうか。


五輪において、男子は、1992バルセロナの森下公一、
女子は、2004年の野口みずき以来、メダリストがいない、日本代表。


実業団の都合に合わせるのではなく、
協会が責任を持って、プロジェクトチームを組み、
マラソンに特化した選手を育てるなどの、抜本的な強化がない限り、
マラソン王国の復活は、ありえないのではないだろうか。






リオ五輪に向けて|フェンシング







2008北京五輪で、個人銀メダル、
2012ロンドン五輪で、団体銀メダルと好成績をあげ、
太田雄貴というスターを生み出した、日本フェンシング界だが、


リオ五輪、そして、東京五輪を視野に入れてみると、
若干、今後に不安を抱かざるを得ないというのが、正直なところである。


昨年、ロシアで開催された世界選手権においても、
個人・団体共に、低調な成績に終わっている。


一定の結果を残したことで、ハングリーさがなくなったのだろうか。


活躍したことで、他のいろんな仕事が入り、
競技に集中できない事態に陥ることは、
どの競技でも起こりうることである。


加えて、マイナースポーツの場合は、
普及にも努めなければならず、その忙しさは、
それまでの生活スタイルを、がらりと変えてしまうことだろう。


こういう時こそ、長期的な展望を見据えて、
選手強化を図っていく必要がある。


幸い、これまでは、五輪メダルに近いフルーレを、
重点的に強化してきた方針を、東京五輪を見据え、
全種目でメダルを狙える実力をとの方針で、協会は望んでいるようである。


その成果は、世界トップとの差が大きかった、
エペとサーブルにおいて、世界選手権では、団体で順位が向上するなど、
少しずつではあるが地力を上げていると言える。


正直、リオ五輪においては、
過去2大会の様な活躍は、見られないかもしれない。


しかし、東京五輪を見据え、各種目の底上げを図り、
世代交代を推し進めている協会の姿勢は、称賛すべきものである。


その成果が、東京五輪で大輪の華を咲かせる姿が、今から楽しみだ。






リオ五輪に向けて|バスケット







女子はともかく、男子は長らく、
オリンピックの舞台から遠ざかっている、バスケット日本代表チーム。


そこに加えて、組織統一のごたごたから、
国際バスケット連盟から勧告を受けるなど、大きな岐路に立っている。


このままでは、五輪予選への出場も怪しくなってくる状態で、
サッカーJリーグの、元チェアマンである、川淵氏をチェアマンに据え、
打開を図っているものの、予断を許さない状況となっている。


これでは、バスケットに携わっている選手やファン、
将来活躍を夢見る子供達に、決していい影響は与えない。


何とかして、早く立ち直ってもらいたいものだ。


ところで、男女通じて、バスケット日本代表が、
国際大会であげた最高成績が、何であるか知っている人は、
どれくらいいるのだろう。


答えは、1975年の世界選手権で、なんと準優勝、
銀メダルに輝いているのである。


しかも、MVPは、普通優勝チームから出るものだが、
得点王を獲得した、日本の生井けい子選手が、ダブル受賞しているのだ。


次の年に行われた、モントリオール五輪においても、
5位入賞という成績を残していることは、ほとんど知られていない。


他のスポーツなら、その競技における歴史なり、
活躍選手を、語り継いでいるものだ。


ところが、バスケットにおいては、
企業スポーツが中心だったせいなのか、
あまり、歴史を語り継いできていないような、印象を受ける。


組織統一などで、ごたごたしている今だからこそ、
過去の歴史を見つめ直し、誇りを持って語り継いでいくことが、
大切なのではないだろうか。


日本バスケット界の再生は、
そうした地道な運動によって、できていくと信じたい。






リオ五輪に向けて|アーチェリー







アーチェリー日本代表が、初めて国際大会で、
メダルに到達したのは、今から40年前の世界選手権において、
男子団体で、銀メダルを獲得した時である。


翌年行われたモントリオール五輪で、道永宏選手が銀メダルを獲得してから、
2016リオ五輪で、40年の節目の年を迎える、アーチェリーには、
メダル獲得の期待が高まっている。


アーチェリーが急成長した背景には、ボーリング人気の衰退を受け、
手軽にスポーツが楽しめる競技として、全国的に競技場が増えたことだった。


いつの時代も、スポーツの成長の背景には、社会的背景が隠されている。


オリンピックでの最高成績は、銀メダルだが、
世界選手権においては、河淵志津子選手が、
1978年に、金メダルを獲得している。


現在に至るまで、アーチェリー界唯一の、世界大会における金メダルで、
2020東京五輪では、悲願の金メダルを、ぜひとも獲得してもらいたいものだ。


その後、一時期成績が下降するものの、2004アテネ五輪で、
山本博が、1984ロス五輪以来のメダリストとなったことで、
再び注目を集めることとなった。


この流れが維持され、2006ワールドカップで、団体優勝、
世界ランキングで、初めて1位になるなど、紆余曲折ありながらも、
日本人が、国際舞台で安定した成績を収めている、競技の1つである。


他の競技と比べて、競技年齢が長いことも、
日本人向けと言えるかもしれない。


夏には、リオ五輪の出場権をかけた、世界選手権が開催される。
日本人選手の活躍に注目だ。